多福髪屋エピソード①理美容師を仕事に選んだ理由

マインド

こんにちは多福髪屋です 

私は愛知県の豊田市駅の HAIR&SPA Naturaでのんびりと理美容師の仕事をしています

自己紹介も兼ねて 現在に至るまでの人生エピソードを振り返りますね

昔の経験を 今の自分がどう思うのか 何を気づくのか つらつらとまとめております

①理美容師の仕事を選んだ理由 では、

田舎で育ちの環境や 事故の経験 出会いで 自分の価値観は広がり、自己選択が増えた事に触れています

読んでくださる人に どんな人物が描いているのかイメージして頂けたら幸いです!

育った環境 

愛知県豊田市の山間部で 両親祖父祖母の中3人兄弟の末っ子として生まれました。

育った環境を一言で表すなら 『ポツンと一軒屋』 ! 〔なかなかほんとにそんな場所です〕

回覧板を回すにも 隣の家までは数百メートルの距離があり、街灯もなく夜は月明かりだけ、 山からは鳥の声だけでなく猟銃の発砲音も聞こえてきます

自転車や家は鍵を掛ける習慣もないような のどかな環境でした 〔昼はしないけど夜はしますよ〕

小学校へは30分以上かけ片道数キロの道のりを歩き 学校に着けば朝礼マラソン 休憩時間は校庭で外遊びと ハードワークを楽しく過ごし 身体は丈夫に育ちましたね!〔マラソンの選曲は爆風スランプのランナー♪〕

田舎の学校なので 数人〜十数人の1クラスだけの アットホーム空間で 周囲の環境とも相まって広々とストレスフリーで過ごせます 〔人生で一番自由で開放的に過ごした毎日〕

中学、高校も地元へ進学〔自然の中は変わらないけど、各地の小学校が1つの中学に集まり1学年120人と増え ようやく集団生活を意識〕

中高への道のりも厳しく!電車がなく 徒歩や自転車は無謀な距離で、 交通手段は1日に数本通るバスに乗るか 親の仕事のタイミングで送迎してもらうのが当たり前でしたね 〔子供ながらに田舎で育つ自由の中にある、隔離されたような不自由さを感じていました〕

そんな環境でぬくぬく(すくすく)と過ごしてきた私に人生の転機が訪れるのは高校2年の冬でした

 

バイク事故

雨が降りつける休日に 「遊びいこー」っと 友達と原付バイクで豊田市内に向かってました

山から町への途中 大きなカーブで突然、濡れた路面にタイヤを取られて ハンドル操作が効かなくなり あれよあれよと反対車線に飛び出し 前から走ってきた乗用車と正面衝突!

衝突の勢いで車体の上を飛び越えると 地面に「ズドン」と全身を強く叩きつけられ

意識は途切れませんが、 カラダは全く動かせずアスファルトの上 雨に打たれながら 救急車を待っていました。

この時の感情は今でも鮮明に覚えています! 『やばっ、、、やっちゃったなー』っと。 〔学校には無断で免許を取っていたので バレる心配や 体が壊れている感覚に焦っていましたね〕

病院での検査の結果 脳や臓器には損傷なしで 全身の骨折だけで済んだコトが不幸中の幸いでした

実際の怪我の具合は 右膝! 左足大腿骨!と右手首!の3か所を骨折、 特に酷かったのは左足で 複雑骨折してて苦痛の手術も経験

〔下半身麻酔だけで受けた長時間の手術は、 極度の緊張と口の乾き メリメリと打ち込まれる金属音と金槌の振動で 精神的におかしくなりそう〕

 

術後の経過は良好でしたが 左手以外は使えない状態だと、看護師さんの介助なくしては 食事も排泄もままならず ベッドの上での生活を受け入れるしかありません

〔多感な少年だったので恥ずかしさもありましたが そんな事は些細なコトで、ただただナースコールを鳴らしましたね〕

1歩違えば後遺症や人生の幕を降ろしていたかもしれない事故を経験てきた事で、 それまで知らなかった 肉体的な痛みや不自由さ 無力感を知りました。

周りへも 迷惑をかけ 心配をかけ 助けられ、

こんなコトはテレビの中だけで自分には無関係だと思っていた私には 十分すぎる程の衝撃を与え

今までの事なかれ主義の価値観を大きく変えてくれました。

ちなみに 学校への復帰は4ヶ月ほどかかりましたが、 あまりの怪我の悲惨さに 先生や友達からも事故やバイクの事を責められる事はなく 「ただただ生きてて良かったね」と受け入れてくれたのを覚えています。

それからは学校に通いながら 隣接するリハビリ施設で 日常を取り戻すトレーニンングの日々でした

夏の出会い

数ヶ月過ぎ、リハビリの先生の献身的なサポートもあり 最後の夏の大会にも なんとか参加できる程に回復し 高校サッカーの良い思い出も残せました!

夏の大会も終わると 周りは次の進路に向け勉強一色の雰囲気に変わっていきました

〔私も一応 進学を目的としたクラスに在籍していました 成績は、、、〕

特にこれといって将来やりたいこともなかった私は 何となくその流れに乗って夏季学習に参加してたのを覚えています

そんな夏休み中 学校から戻ると 今後の方向性を決定づける出会いが訪れました。

5つ上の兄が実家に彼女を連れて来てて 話を聞くと、関東で美容師として働いていた。職業柄か持ち前の人柄か、話術も多彩で 雰囲気も明るさ満天な人でした〔ちなみにその後 兄と結婚し家族になりました。 当時の私は勘違いしていましたが 彼女の持ってた資格は理容免許だったので正確には床屋さん。 思い込みって怖いですねWww〕

そのインパクトはとても大きく!

それまで田舎育ちで外に出たことがなく 人との関わりも少数限定の ピュアな私にとって、テレビの中のキラキラと輝く存在が目の前に現れたようでした。

その時の出会いが 理美容の原点です。

〔思い立ったら吉日と 夏休み最終日 、急な進路変更の電話で担任を 困らせたエピソードはいい思い出です☆〕

まとめ

改めて過去を振り返ると、 自分なりには真剣な想いでの行動でしたがミーハー心が隠しきれない選択でした

自然の中で育ったから 都会への憧れを強く抱いたし、

美容業界と無縁だったからその存在に尊敬・憧れの念を感じ、

大事故で死に直面に カラダの不自由を味わい 心底心配し助けてくれる存在を知り 当たり前に過ごしていた今に感謝の気持ちが湧きました。

その経験から、周りと足並みを揃える事だけが正解ではないと気付きました

〔今思えば それまでの自分は周りと同じ選択をすることで、責任逃れをしてましたね〕

当時は事故を後悔することも多かったけど 今となっては その経験があったからこそ自分の価値観の幅を広げることが出来たと 心から言えます

酸いも甘いも、、、。 そんな言葉の通り 物事の両面を体験すると 感情も大きく動き 、好きや嫌い(苦手)など 自分の価値観を深く知れます

違う角度から言うと 幸福も不幸も表裏一体です。 不幸を感じた事がある人は 幸せが何か分かります 、幸せしか知らない人は大きな視野が持てず 幸せが当たり前になってしまいます

ですので、 人と同じであるコトや幸せでいるコトばかりに意識が向き過ぎると 価値観も広がらず幸せがなんなのかもわからない状態に陥ります

酸いも甘いもの知りましょう!

人生振り子の法則です! 今 不幸と感じる出来事は 幸せへのエネルギーチャージ期間。

執着を捨て 手放せば 自然と振り子は動きはじめます 〔心の持ち方が大切!〕

酸いも甘いも・幸福も不幸も知る

     ↓

自分なりの価値観が創られる

     ↓

自己選択が出来る様になる

     ↓

自己選択 = 幸せの原点

 

 

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